家族性腫瘍における遺伝子診断の研究とこれを応用した診療に関するガイドライン-2000年版について-

家族性腫瘍研究会ガイドライン (案) は作成されてから、3年を経過しました。その間、全会員や関連学会に配布しコメントをいただくともに、公開シンポジウム等で、家系例を提示、臨床家と倫理法律家が問題点を討論しあうなどしてまいりました。

去る2000年2月27日にガイドライン作成ワーキンググループの会(拡大倫理委員会)を開催しまして、ガイドラインの今後の問題について討議し、以下のことを決め、提案いたしました。そして、6月16日の2000年度総会で承認されましたので、公表いたします。

改訂について

内容についての主な変更点を以下に示す。

  • 従来の「~配慮すべき事項」と「参考資料」の項を、内容や重要性からそれぞれ、「・・・配慮すべき基本原則」と「各論」に改める。
  • 2000年度の総会で「基本原則(旧、配慮すべき事項)」の部分については「案」をとって公表することが承認された。
  • 「各論(旧、参考資料)」の部分は、今後もう少しつめて検討する予定である。したがって、「基本原則」の中で「参考資料を参照」と記してあった部分については省略し、今回の2000年版では基本原則の呈示のみにする。
  • 出生前診断については、現行案では精度や浸透率に問題がなければ行ってよいというように受け取れるので、FAPなどではそれに相当するかもしれないが、まだ統一見解を出すまでに至っていないので、ここは削除する。
  • インフォームドコンセントの項に、「遺伝子検査診断結果が家系全体に影響を及ぼすことの検査前の明示」を挿入する。

家族性腫瘍における遺伝子 診断の研究とこれを応用した診療に関するガイドライン(2000年版)

家族性腫瘍における遺伝子診断の研究とこれを応用した診療の実施にあたり配慮すべき基本原則

本ガイドラインにおいては、次の用語を以下の通り定義する。
  * 遺伝子診断:遺伝子検査の結果を臨床所見と家族歴等の遺伝情報に照らし合わせ、特定の家族性腫瘍の易罹患性等を診断すること
  * 遺伝子検査:特定の家族性腫瘍に関連した遺伝子の変異を調べること

Ⅰ:ガイドラインの基本理念

1.家族性腫瘍における遺伝子診断の実施にあたっての最優先事項:
家族性腫瘍における遺伝子診断の研究および診療に際しては、被検者の人権の尊重が最も重要であり、科学的、社会的利益より優先されなければならない。さらに、家族性腫瘍における遺伝子診断の研究は家系全体に関わるという特殊性から、被検者本人だけでなく家族の人権の尊重も同等に重要である。

Ⅱ:実施の目的・条件

2.遺伝子検査の目的:
遺伝子検査の目的は、診断・治療のほか、診断方法・治療方法および予防方法の向上、ならびに疾患の病因および病態の解明でなければならない。 医療以外の目的もしくは医学に関連する研究以外の目的で行なってはならない。
3.遺伝子検査の実施:
遺伝子検査を行なう前に、被検者および社会にとって期待される利益と予想される不利益とを医学的ならびに心理・社会的な側面から比較考量し、期待される利益が予想される不利益を上回り、遺伝子検査を行なうことが妥当であると判断され、かつ被検者の同意が得られている場合にのみ、検査の実施が可能となる。
4.対象者の選択:
遺伝子診断の対象は、原則として家族歴、腫瘍の種類、発症年齢等から家族性腫瘍であることが疑われる場合、あるいは研究の目的上コントロール試料を得る等の目的で対象とせざるを得ない場合に限る。
また、未成年者を対象とする場合には、当該検査が本人に対して直接の利益となる可能性がある場合に限る。
なお、一般健常者を対象とした検診等での家族性腫瘍同定のための遺伝子検査の実施は、現時点では容認されない。
5.遺伝子診断を行なう者:
遺伝子診断は、遺伝子検査の持つ意味や限界について十分な知識を有する医師が行なわなければならない。
6.研究にあたっての倫理原則:
研究の目的で遺伝子検査を行なう場合には、ヘルシンキ宣言に基づく倫理原則を遵守しなければならない。これらの研究は、科学的に妥当でなければならず、研究を行なう場合には、実施計画書にその内容が明確かつ詳細に記載されなければならない。
7.倫理・審査委員会による審査:
遺伝子診断の研究とそれを応用した診療の実施にあたっては、本ガイドラインに基づき、所属機関の倫理・審査委員会等によって適切に審査され、承認された実施計画書を遵守して実施しなければならない。

Ⅲ:インフォームドコンセント

8.インフォームドコンセント:
遺伝子診断の研究および診療のための検体採取に際しては、事前に被検者本人に対して、その目的、方法、研究的な側面、期待される利益、予想される不利益(精神的な衝撃を受ける可能性があること等も含む)、遺伝子検査の限界(偽陽性、偽陰性の意味等)、不確実性(遺伝子の変異が見つかっても必ずしも発症が予測できるわけではないこと)、プライバシーの保護,血縁者が同じ遺伝子変異を有している可能性があること等について、文書および口頭で十分に説明しなければならない。
その上で、医師は、被検者の自由意思による同意を得ることが必要である。また、被検者の同意は、文書でなされなければならない。
9.前提条件としての病名・病態の開示:
遺伝子診断の研究および診療の実施に際しては、常に被検者本人に対して納得がいくまで十分な質疑応答がなされなければならない。そのためには、原則として、当該疾患の病名や病態について被検者本人が知らされていることが、遺伝子診断の研究および診療の実施の前提条件として必要となる。
10.被検者の拒否権の明示:
遺伝子検査の説明を行なう際には、被検者は遺伝子検査を受けないことを選択することができること、またその選択によって医療上の不利益を被ることがないことを、被検者に対して明示しなければならない。さらに、遺伝子検査について同意をした後のいかなる時点においても、被検者はその同意を不利益を被ることなく撤回できることを明示しなければならない。
11.遺伝子検査、診断結果が家系全体に影響を及ぼすことの明示:
遺伝子検査の説明を行なう際には、遺伝子は親から子へ受け継がれていくため遺伝子変異の存在が血縁者全体に関係することを、被検者に対し十分に説明しなければならない。さらに、検査、診断の結果、将来の疾患の発症につながる可能性のある遺伝子変異があると被検者が知った場合、被検者は、他の血縁者が一定の確率でその遺伝子変異をもっていることをそれらの人々が拒否しない限りわけへだてなく知らせる手段を講じるべきであることを、検査前の説明として明示しなければならない。
12.被検者の不利益の明示:
遺伝子診断の研究および診療の実施が被検者個人やその家族に及ぼす事柄としては、より良い治療や予防を選択することを可能とする利益とともに、結婚等において差別を受けたり、家系内の人間関係において軋轢が生じる等の不利益の可能性があることについても、被検者に明示しなければならない。
13.研究的側面の明示:
目的とする遺伝子診断が現在研究段階にあるものか、既に確立された医療とされているものかを被検者に対して明示しなければならない。ただし、現段階では、遺伝子診断の多くが研究的側面を含んでいることを被検者に説明しなければならない。
14.遺伝子検査の被検者本人以外による同意:
被検者が、判断・同意能力の点で一般成人と同一に扱うことが困難である場合は、親権者、後見人、保護者等の代理人の同意に基づいて遺伝子検査・診断を行なうことができる。その場合、代理人は被検者の最善の利益を保護しようとするものでなければならない。ただし、いかなる場合でも、本人の理解を助け、その意向を尊重する積極的な努力を払わなければならない。
15.検査、診断結果の被検者に対する開示:
遺伝子検査に際して、被検者は、検査後のいかなる時点においても、得られた結果を知らされることも知らされないでいることも選択できる。このことを、医師は被検者に対して明示しなければならない。さらに、被検者が結果を知らされないことを選択した場合に予測される利益および不利益についても説明しなければならない。

Ⅳ:個人情報の管理と保護

16.個人情報へのアクセス権:
遺伝子診断で得られた個人の遺伝情報は、被検者本人に属するものであり、この個人の遺伝情報へのアクセス権は、原則として被検者である本人と、本人から承諾を得た医療関係者および研究者のみが有する。
同意能力の認められない未成年者の場合、同意を与えた親権者にも同時に情報が開示されることはやむを得ないが、情報へのアクセス権はあくまで被検者本人が有することを親権者に説明しなければならない。さらに、未成年者が同意可能な年齢に達したときには情報へのアクセス権があることを、本人および親権者にあらかじめ伝えておかなければならない。
17.個人情報の管理と守秘義務:
遺伝子診断の研究および 診療によって得られた個人に関する遺伝情報については、その厳重な保管と管理、ならびに関係者の守秘義務を徹底しなければならない。本人以外(担当以外の医療関係者、および研究プロジェクト以外の関係者、ならびに学校、雇用主、保険会社等、また原則として家系内の他の個人)への漏洩が起こらないように厳重な管理体制を整備し、安全対策を講じなければならない。
18.情報の管理と家系の登録:
家族性腫瘍研究を推進し、研究の科学的な質を確保するためには、遺伝子診断の研究および診療によって得られた情報の継続的な記録、集積、管理が不可欠である。また、被検者および家族のプライバシーを保護しながら、被検者とその家系の登録、および継続的な観察が行なえる体制を整備しなければならない。

Ⅴ:被検者の支援体制

19.遺伝カウンセリング:
遺伝子診断の研究および診療を実施するにあたっては、被検者およびその家族に対して、各個人の状況に合わせた最新の遺伝学的情報をはじめ、適切で十分な情報を伝え、その正確な理解および意思決定を助けると同時に、被検者およびその家族の心理的変化に応じた支援を提供しなければならない。また、被検者が同意能力の認められない者や未成年者であっても、適切な遺伝カウンセリングを提供しなければならない。
20.支援体制の整備:
遺伝子診断の研究および診療を実施するにあたっては、被検者およびその家族に対して、医学的、心理的、社会的な支援を継続的に行なえる体制を整備しなければならない。また、その体制の整備にあたっては、当事者および支援団体等の意見を十分に取り入れることが望ましい。

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